ボストンテリアの女の子、チェリーと家族の、小さな日々の記録です。


by cherrrrrrry
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かけがえのない、日常。

やっと寒さも緩み、
春風を感じる日曜日。
なにもなければ、どんなにいい休日だった
ことでしょう。

とにかく、言葉がありません。

テレビに映し出される映像が
夢であってほしい。

仙台平野の新興住宅街を
大波が舐めるように動いていく様を
見ていて、誰もがそう願ったはずです。

小高い丘の上から、
住み慣れた街が、水に飲み込まれて
いくのを、たたじっと眺めるしか
なかった子供たちは、
どんな思いだったでしょう。

一瞬のうちに、日常が非日常に変わる。

頭ではわかったつもりでも、
それを体験することになるとは。

地震当日、チェリー家のそれぞれは、
当然、バラバラでした。
父は、赤坂の会社。母とチェリーは自宅。
姉は日本橋の職場。そして、兄は、東京駅付近で
就活中と、直後は、お互い、全然、連絡が
とれませんでした。

ライフラインは、本当に脆いものです。
災害時に、まったく用をなさない携帯電話って
一体、なんでしょう?

会社に泊り覚悟だった父は、
オフィスのある22階と
コンビニを往復しました。
情けない話ですが、
まだ、ふくらはぎが痛いです。
ちょっと出遅れたため、
近くのコンビニはほとんど
品物がなく、仕方なく、ちょっと
離れた店で、やっと食料を確保することが
できました。

結局、止まっていた電車(地下鉄と私鉄)が
動き出し、日付が変わる前に会社を
出ることができました。
でも、オフィスには帰れない人たちが
残り、一夜を明かしたようです。

翌日、母といつものスーパーに出かけて
びっくり!
買い物客でごった返す店内。しかも、
カップめんと水、そしてパックのごはんの
棚がことごとくカラ。
数軒、店をハシゴしても、
状況は変わりませんでした。
結局、ポータブル用のガスボンベは
買えずじまい。

札幌の両親、妹とも連絡がとれず
今朝やっと電話が通じました。
でも、本当の被災者の皆さんは
もっと事態が深刻とのこと。
心より、お察しします。

実は、弟の奥さんのお兄さん一家が
仙台にいます。
それも、若林区。
弟によると、なんとか難を逃れて
避難所にいるらしいとのことですが、
まだ連絡がつかず、
しかも、新しい家は、あっと言う間に
波に流されたようです。
本当に、言葉もありません。

実は、仙台は、父が大学の4年間を過ごした
思い出深い土地です。
ちなみに、大学1年の1978年、
モロに宮城県沖地震を体験しました。

もし、この地震が、直接、関東を
襲ったら、こんなものでは済まない
はずです。

2年前に参加した防災訓練では、
ペットはどうするのかという
議論をしました。
というのも、今住んでるあたりは
日本でも有数のペット人口だからです。

あたりまえだった日常は、
いともカンタンに壊れる。
だからこそ、普通の毎日を
愛おしく過ごしたい。
いつものように、うららかな黄昏を
チェリーと散歩しながら
そんなことを思った次第です。

いずれにせよ、考えなければならないこと、
準備しなければならないことが
たくさんあります。

被災地の皆さんに、心よりお見舞い申しあげます。
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by cherrrrrrry | 2011-03-13 18:05